「開院2周年に医師生活16年を振り返って」

大学2年生の時に大学のクラブの会の席で、どうなりたいかと理想の医師象を語る機会がありました。医療知識・技術が豊富な医師になることはもちろんですが、それを習得するだけではだめで、患者さんの気持ちが理解できる医師になることでした。

学生の間は、実習などで機械的な医療が行われている現場に遭遇する中で一番大事なことは何かを考える日々でありました。

医師になってからは、まず5年目、その次は7年目、そして10年目に節目が来ると言われてきました。

それは技術・経験の時間積み重ねという意味はもちろん、医療にかかわる、医療のプロとして飯を食っていくとは何かという問いに対しての答えが、時間と共に変化、熟成されていくものでした。

患者さんが望むこと、医師として人にかかわる意味そのことについての終わりなき旅を続けてきました。

生物体としての命と人生という社会的な生命とは同じなのでしょうか。

完全一致ではなく、一部で重なり、一部では別のもの。そんな経験を多くしてきました。

私が医師になってなぜ内科学を志したかというと、まず生命の体をトータルで理解したい、勉強したいという思いでした。

働き盛りの世代の脳卒中患者から、ゴルフ中の心筋梗塞、肝硬変末期の肝臓癌、若年者の十二指腸潰瘍や胃潰瘍、若い女性に多いスキルス胃癌、親戚の叔父の肺癌、急な経過をたどる間質性肺炎、年々悪くなる関節リウマチ、糖尿病や高血圧、脂質異常症など贅沢病と呼ばれていた成人病も、最近はメタボリック症候群などと呼ばれている。大きな目の美人はバセドウ病、そして美人薄命は白血病。入院後40時間で亡くなったビブリオ感染症、繰り返し入院のアルコール性肝障害。

すべてが勉強でした。

医療として標準的な水準は提供してきた自負はもちろんあります。ただ、16年は自分にとって勉強の日々でした。

先輩に言われました、治るものは治る。でも死に行く病気はたくさんあるんだと。医療はその自己免疫力、回復力の手助けをするだけなんだ。

薬剤も治療域、危険域が近接しているものもあります。過剰な医療行為は返って、危険にさらしてしまうことになる。

だからこそ考えてきましたし、悩んできました。

薬や医療行為は投与、施しをすることが目的でなく、それが生体に作用することが目的です。だから同じ薬でも個体差や状況の違いで作用が違うのです。もちろん経験の中で予測はします。また、危険な状況も想定はします。ただ、勉強すればするほど、経験すればするほど、生命の神秘さに感動するのと同時に医療の奥深さと無力さに落胆するのです。日々の診療で、戦うのはいつも自分の恐怖心とです。どれだけ用意周到にしても不測の事態が起こりうるからです。

だからこそ医師として悩み続ける。それが正しい姿勢ではないかと思うんです。

治療した患者さんが家に帰ってどうなったか、気になって仕方がない。はずかしいことですが私の医療はいつもこんな感じです。自信がないわけではないのです、医療に絶対というのがないと考えているからなのです。

それは内科においても、美容診療においても同じです。

内科を通しての一般診療においては、どうしても長生き診療が基本になります。

当然で、少しでも長生きしてほしい。そのためにはメタボリック症候群にならないように、動脈硬化が起こらないように、癌にならないように・・・まったくその通りです。

私は人が生きるその手助けがしたいと考えています。

でもそれは患者さんが楽しい人生を少しでも長生きして欲しい。そういう願いです。

医療が主体の長生き診療でなく、患者さん主体の医療にこだわっていきたい。そう思えるようになったのが7年目のことでした。

アルコール性膵炎を繰り返す入院患者さんが、もう治療は受けたくない。早死にしちゃうよ、長生きできないよ。説得に明け暮れましたが、「退院しても面白くない」といわれたときに医療のそして医師としての無力さを痛感しました。

複雑な自分の環境に落胆する日々を送っていた患者さんは、毎日が面白くないと医療を受けるのに抵抗を示しました。教科書に書いていない医師としての姿勢のあるべき姿に悩みました。体を診ていた私は患者さん自身を診ていく診療とは何かと日々考えるようになりました。

生きるとは何なのか?長生きが目的で人は生きているのか?

教科書に書いているQuality of lifeとは何なのか?

やはり楽しい人生をサポートすることが出来れば理想ではないか。そう考えるようになるにはかなりの時間を要しました。

介護の問題も社会問題に発展してきました。

生きるとは、それを支える真の姿とは・・・医師として答えが簡単でないことは容易に想像出来ます。

だからこそ私は医療がしたい。人は必ず老い、死を迎える。

人生が限りあるものだからこそ、充実したものであって欲しい。

それはきっと単純なことではないが、それぞれの方が自分にとって、例え小さなことであっても楽しいと感じられる日々が一日でも多くあればいいと願います。

私はそんな医療の真ん中で医師をやっていければ幸せだと思っています。

だから私は死ぬまで、医師でいたい。そして、日々の診療に、また医師としての自分のあるべき姿に悩み続けていたいと考えています。

平成22年5月

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